July 21, 2009

チェーホフを楽しむために 阿刀田 高

チェーホフを楽しむために (新潮文庫)
チェーホフを楽しむために (新潮文庫)
著者:阿刀田 高
販売元:新潮社
発売日:2008-12-20
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シェイクスピアよりもチェーホフのほうが好き、なのだけど、ではチェーホフの戯曲のあらすじは? と聞かれると…すっかり忘れている。

あらすじというよりも作品全体の雰囲気、そのストーリーを包み込む空気のようなものが好きなのだ。

そのチェーホフを、阿刀田高が読むとどうなるのか、興味があった。

もともと、阿刀田氏の「○○を楽しむために」とか「○○を知っていますか」というシリーズが好きだったので、阿刀田×チェーホフを楽しみたいというのもひとつ。

チェーホフは、有名な戯曲しか読んでいなくて、そのほかの小説作品ってどうよって思っていたのだけど、この本を読んでみたらやっぱり小説より戯曲なのだと思った。読んだことのない小説を読むよりは、過去に読んだ戯曲をもう一度読み返したくなったのだった。

シェイクスピアは、作品のストーリーや解説を読めばなんとなくわかった気になる。しかしチェーホフは、作品そのものを読んでみないと、あの微妙な空気はわからない。阿刀田氏をもってしても、チェーホフ作品の絶妙なニュアンスまでは伝わらず、結局、読んでみるのが一番てっとりばやいんじゃない? と思った。

しかし、短編小説家という同業者としての視点からのチェーホフ論というのはなかなか面白くて、チェーホフというフィルターを通して、阿刀田高を楽しめる一冊である。


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July 12, 2009

告知されたその日からはじめる私のがん養生ごはん 柳原 和子

告知されたその日からはじめる私のがん養生ごはん
告知されたその日からはじめる私のがん養生ごはん
著者:柳原 和子
販売元:主婦と生活社
発売日:2003-04
おすすめ度:5.0
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日本だけなぜ、がんで命を落とす人が増え続けるのか―消化器外科の権威がすすめる驚異の栄養・代謝療法
日本だけなぜ、がんで命を落とす人が増え続けるのか―消化器外科の権威がすすめる驚異の栄養・代謝療法
著者:済陽 高穂
販売元:主婦と生活社
発売日:2007-12
おすすめ度:5.0
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がんから始まる (文春文庫)
がんから始まる (文春文庫)
著者:岸本 葉子
販売元:文藝春秋
発売日:2006-04
おすすめ度:4.0
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がんというか、病気の根源は食生活を含む生活習慣なのではないかと思う。だから、○○でがんが治る! というようなものはどこまで信用していいのかわからないけれど、食事全体のバランスを見直した結果、がんなどの病気が治った、というのはなんとなく納得できる。

この手の健康本って、著者が違っても、同じ団体に属していたり、どこかで繋がりがあったりすることが多いのだけど、先日読んだ『日本だけなぜ、がんで命を落とす人が増え続けるのか』と内容はとてもよく似ているのに、著者同士に繋がりはないみたい。

この本の著者の柳原和子氏は、ノンフィクションライターで、自身ががんになって治療法を模索し、多くの患者仲間と情報交換するうちに、食餌療法に行き着いた。「日本だけなぜ〜」の済陽高穂氏は医師として膨大な数の患者に接するうちに、奇跡的とも思えるような回復を遂げる人に共通するのは食事であるということに気付いた。

二つの本に共通するのは、どちらも玄米菜食だということ。日本だけでなく、世界中に厳しい制限をするような食餌療法はあるようだが、肉を食べない、水分を多く摂る、など共通するところは多い。

徹底するのならば、有機野菜、ミネラル水または浄化した水道水、そして運動も取り入れるなど、お金や時間、そして食事を作る労力がいる。しかし、現在、身体の中にがんがあるという場合には、中途半端ではなく徹底してやらないと効果がないようだ。

弱った身体で、これを徹底するのは、相当な精神力がいるのではないかと思う。

「がんから始まる」を書いたエッセイストの岸本葉子さんもがんになってから、徹底した食餌療法をしたと書いていた気がする。柳原さんも岸本さんも独身女性。そして、済陽医師は、食事作りなどのサポートをしてくれる家族がいない方には食餌療法を勧めない、と書いている。

独身女性ならば、ライフスタイルを自分なりに変えるのも簡単。決断してしまえばあとは自分次第だ。また、献身的にサポートしてくれる奥さんがいる男性なども、食餌療法を続けることは可能だろう。逆に、主婦や独身男性などは難しいのではないかと思う。主婦の場合は、家族の食事の世話や家事をしながら、自分用の食事を作らねばならないとなると、相当な負担だ。睡眠時間をたっぷりとったり、きちんと昼型の生活をしようと思っても、パートナーや子どもたちのスケジュールに合わせているとそうもいかないだろう。

そう考えると、がんになってしまってから食餌療法でがんを克服するのは、並大抵のことではない。

がんになる前に、食事やライフスタイルを見直し、がんにならない身体作りをしていかなければならないと思った。

予防的に食事に気をつけるのならば、それほど神経質にならずに、塩分・糖質を控え、全体のカロリーも通常より少なめにし、玄米菜食。それに豆類・海藻を多く摂るように心がける。水分もたっぷり。青汁もいい。タンパク質は肉ではなく魚で。

とにかく、食事は身体作りの基本。食べた物が身になるのだから、なるべく余分なものは摂らないようにして、必要なものを効率良く摂取したい。

…なかなか難しいのだけどね。。。


at 09:44|PermalinkeditTrackBack(0)この記事をクリップ! 癌(がん)・抗ガン剤 |  自然療法

June 11, 2009

「食い逃げされてもバイトは雇うな」なんて大間違い 禁じられた数字〈下〉 山田 真哉

「食い逃げされてもバイトは雇うな」なんて大間違い   禁じられた数字〈下〉 (光文社新書)
「食い逃げされてもバイトは雇うな」なんて大間違い 禁じられた数字〈下〉 (光文社新書)
著者:山田 真哉
販売元:光文社
発売日:2008-02-15
おすすめ度:4.5
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食い逃げされてもバイトは雇うな 禁じられた数字 〈上〉 (光文社新書)
食い逃げされてもバイトは雇うな 禁じられた数字 〈上〉 (光文社新書)
著者:山田 真哉
販売元:光文社
発売日:2007-04-17
おすすめ度:4.0
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前作「食い逃げされてもバイトは雇うな」の続編(というか下巻)。引き続き、会計と数字についてのあれこれが豊富な例と共に紹介されている。

私は著者の言う「会計人」の気質があるらしく、紹介されている事例でも、そんなこと前から気付いていたよ…っていうものが多々あった。

なにごとも「費用対効果」「コストパフォーマンス」で考えるのが「会計人」らしい。高い買い物をしても、それを使う年数で割って一年あたりの価格で考えたり、それを買うことによって減らせる労力を考えてお得度を計算してしまう。

百円ショップは便利だけど、ものによってはいい物を長く使った方が得だったり、逆に高いものを買ってしまってもったいなくて使えないよりは、百円のものをがんがん使い倒したほうが得かも、と思ったり。

数学は苦手だけど、数学と会計は別のものらしいから、私も勉強すれば会計士にはなれるかもしれない。

ともかく、本には事例がたくさん載っているので、もちろん私が知らなかった、気付かなかったことも多くてとっても参考になった。…それも会計人だからこそ、かも。普通の人にはどうでもいいことだったりして。

目先の利益に気を取られて将来的な展望に欠けてはならぬのだ。損して得取れってこと。ビジネスはお金(会計)だけじゃないよ、って最後に著者も言っている。大賛成。


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June 10, 2009

コーカサス国際関係の十字路 廣瀬 陽子

コーカサス国際関係の十字路 (集英社新書 452A)
コーカサス国際関係の十字路 (集英社新書 452A)
著者:廣瀬 陽子
販売元:集英社
発売日:2008-07-17
おすすめ度:4.5
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ニュースで見かけても、あまり身近ではない旧ソ連の国々。紛争が多発していても、その理由はよくわからないし、アメリカがどちらかに肩入れしているとか、ロシアがどちらかについているとか、なぜそうなのか、そうだと何が変わるのか…さっぱり。

本を読んでもわからないかな、と思っていたけれど、この本は読みやすくてわかりやすい。…とはいえ、読んでるときは「なるほど、ふむふむ」と思っていても、読み終わったら…「あれ、それでどうなんだ?」という感じではあるのだけど、ともかく、歴史的にも民族的にも国際的にも複雑で難しい地域なのだということはよく分かった。とてもひとことで言い表せるものではなく、豊富な資源があるが故に各国の利害関係も複雑。

日本人にとっては馴染みが薄い地域ではあるけれど、国際的にはとても重要な地域だし、それだけに注目され、大国が介入してくる。それだけ、魅力的な地域でもあるということだろう。

ひとつの紛争にしても、背後には複雑に絡み合った事情があり、どちらが正しく、どちらが間違っていると言えるものではない。すべてを円満に解決するのは至難の業としか思えない。

こういう国のニュースを伝えるキャスターや、テレビに出ているコメンテーターは、大まかな情勢を理解しているのだろうか。理解してなければ伝えられないだろうから、勉強しているんだろうなぁ。この地域のことだけでも理解するのは大変なのに、ニュースになっている話題全般をオールマイティに扱えるキャスターというのはすごいと、本の内容とは全然関係無いところに思いを馳せてしまった。トップクラスのキャスターになれるのは、ほんの一握りの人なんだと、改めて思った。…わたしには無理だ…。


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June 09, 2009

わからず屋さんの取扱説明書 臼井優樹

わからず屋さんの取扱説明書 (マイコミ新書)
わからず屋さんの取扱説明書 (マイコミ新書)
著者:臼井 優樹
販売元:毎日コミュニケーションズ
発売日:2009-04-24
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今はやりのコーチングの考え方をもとにしていると思うのだけど、実例を挙げて、どういう人が「わからず屋さん」なのか、そしてその対処法がわかりやすく書かれている。その気になればすぐにでも実践可能。

あの人が嫌いとか苦手っていうのは要するに気の持ちよう。相手の行動を変えるのは至難の業だけど、自分の考え方を変えるのは自分次第でどうにでもなる。重要なのは、「気付く」こと。

本の中で度々出てくるけれど、わからず屋さんとうまくいかない人というのは、自分もわからず屋さんだったりすることも多いのだ。まずは、自分を変えるところから始めなければ。

私自身は、人となるべく衝突しないようにしたいし、あの人だけは苦手、とか腹の底から嫌い、という人は作らないように努力している。誰にでも自然と好かれるというタイプでもなく、自分の中にわからず屋体質があることは確か。それを自覚してないとほんとのわからず屋になってしまうのだけど、要所要所で気をつけるようにして誰とでも円満な関係を築けるようにしたいと思っている。なかなかうまくいかないことも多いけれど…。

わからず屋さんにもタイプがあって、感情優先型はイメージ重視、理論優先型は理屈重視のよう。対処法も異なるので、まずは相手がどういう人なのかを知ることが大事。敵を後略するには、まず敵を知らなければならないのだ。

そして相手のいいところを見つける。感情優先型は褒められると無条件で喜ぶが、理論優先型はあまり褒めすぎるとなにかあるのではないかと勘ぐられる。相手の反応を見て対応を変えなければいけない。

結局は、相手をよく観察して相手の気持ちになってものごとを考えよう、という古典的な道徳の授業のようなことなのだけど、対人関係でうまくいかない人が多くてこういう本がたくさん出版されているっていうことはそういう基本的なコミュニケーション能力が低い人が多くなっているってことなのかもしれない。

どんな人でも、いいところは必ずある、という考え方で、まずはその人のことを好きになることから始めるのが一番。マイナスの部分ばかり見ているとプラスの部分が見えてこない。まずはプラスの部分を認めて、そこから良好な関係を築けるといいんじゃないかと思う。

他人は自分の鏡だと言うけれど、確かに、他人の嫌な部分というのは少なからず自分のコンプレックスと共通していたりして、それに気づいてはっとすることがある。あの人の嫌な部分、実は自分の中にもあるじゃんって。同じ事を自分もしてるよ、ってことも。

むすっとしている人には悩みも相談しにくい。話を全部聞かずに結論を出す人も信用できない。なるべくいつも笑顔で(笑顔でなくても仏頂面はしないように心がけ)、人の話は最後まで聞く。たったこれだけでも、簡単なようで難しいのだ。。。。


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June 05, 2009

日本だけなぜ、がんで命を落とす人が増え続けるのか―消化器外科の権威がすすめる驚異の栄養・代謝療法 済陽 高穂

日本だけなぜ、がんで命を落とす人が増え続けるのか―消化器外科の権威がすすめる驚異の栄養・代謝療法
日本だけなぜ、がんで命を落とす人が増え続けるのか―消化器外科の権威がすすめる驚異の栄養・代謝療法
著者:済陽 高穂
販売元:主婦と生活社
発売日:2007-12
おすすめ度:5.0
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末期がんを克服した医師の抗がん剤拒否のススメ
末期がんを克服した医師の抗がん剤拒否のススメ
著者:星野 仁彦
販売元:アスコム
発売日:2005-09-26
おすすめ度:4.5
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ガンと闘う医師のゲルソン療法―自らのガンを克服した精神科医が選んだ究極の栄養療法 (ビタミン文庫)
ガンと闘う医師のゲルソン療法―自らのガンを克服した精神科医が選んだ究極の栄養療法 (ビタミン文庫)
著者:星野 仁彦
販売元:マキノ出版
発売日:1998-06
おすすめ度:3.5
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健康関係、がん関係の本をいろいろ読んでみて(と言っても、出版されているもののごくごく一部だけど)、体に一番優しくて、副作用がなく、お金もあまりかからず、すぐに始めることができるのは「食」の改革だと思った。

代替療法の本はトンデモ本と紙一重ではあるのだけど、最近、食べ物でガンを治す、という本がいくつか出てきているし、「食」でガンが消える、というのはある程度は信用できると思う。

この本は長年ガン治療に携わってきたおそらく「まともな」お医者さん。一部の「奇跡的」な体験談を挙げるのではなく、きちんと統計的な臨床データを示して説明してあるところが信用できると思う。内容は、専門的でちょっと難しいところもあったけれど、要するに食事を改善すればガンは治る、治らなくても小さくなる、ということらしい。

完全に治らなくても、食事の改善で余命が伸びるのだったらそれは本人にとって嬉しいことではないかと思う。例えば、人生の最後の3ヶ月を抗がん剤治療で病院に縛り付けられ副作用に苦しみつつ過ごすよりは、多少不満があっても食事を改善して自宅で好きなことをしながら過ごす方がよい。少なくとも私の場合はそうだ。

2人の祖母の死を見てきた。母方の祖母は亡くなる直前まである程度ものを食べていて、亡くなったときも顔色がとてもよかった。父方の祖母は、亡くなる前は長期間にわたって食べ物が口から摂取できない状態で、栄養チューブで延命されていた状態だった。それでも少しでも長く生きて欲しいという家族の願いが届いたのか、予想以上に長生きしてくれたけれど、やっぱり人は口から食べ物を摂取してこそ「生いている」ということではないかという疑問が常にあった。

この本では、ガンになってからの食事についてが主に書かれているけれど、そのまま、ガンの予防のための食事としても読める。ガン患者でなければ厳密にやらなくてもいいけれど、ある程度この本に書かれたような食事内容にすることを心がけることで、ガンは防げるのではないかと思う。

四つ足動物の肉は厳禁。玄米、菜食。水分を多く摂る。乳製品を摂る。などなど。

人間も動物だと考えれば、チョコレートやお菓子などは不必要なもの。シンプルに、生きるために必要なものを最低限に摂っていれば、成人病やガンなどは防げるような気がする。

医療の現場で多くの患者さんを見てきた著者は、「肉を多く食べる人がガンになっている」ということを「発見」し、食事によってガンを撃退した患者さんが複数いることに着目。食事とガンの関係を調べたことがきっかけ。

多くの医者は、患者さんを診るのではなく、病気を診ている。だから、治った患者さんは病院の治療で治り、治らない患者さんは薬が効かなかったのだと思っているのかも。実は、多くのガン患者は恐らく自己流に代替療法を試しているはずで、薬の効きがいいのもその療法のおかげかもしれないのだ。

私も多発性筋炎(膠原病)で長く病院に通っているけれど、ある程度体調を維持できているのは漢方と鍼灸のおかげだと思っている。だけど、大学病院の医師は、初診のときに自己申告しているのにもかかわらず、東洋医学の治療についてはほとんど聞いてこない。ある医師は「漢方は効くというデータがないんですよ」と否定的。データがないから効かない、ということにはならないと思うのだが。

つまり、病院の医師というのは、患者さんの病気とその検査データ、という一部分しか診ていない。患者さんが普段どんな食生活をして、どんな仕事をして、どんな日常生活を送っているのか、知っている医師はほとんどいないのではないかと思う。医師にとっての「治療」とは、薬を使って病気を撃退することなのだ。

食事の改善指導などしないから、抗がん剤治療が終わって退院したあとに再発する患者さんが多いのではないか。そもそも、食事を改善すれば、抗がん剤治療もいらないのではないかとも思う。

著者は古今東西のさまざまな食餌療法について調べたようで、多くの資料を挙げて説明されている。以前、読んだことのある星野仁彦医師の星野式ゲルソン療法についても触れられていた。星野式ゲルソン療法には共感はしたのだけど、かなり厳密でガンではない人が普段から取り入れるにはちょっと厳しすぎると感じた。だが、この本ではさまざまな例を挙げながらいろいろな食餌療法の共通点や違いについて説明されているので、自分なりに応用できる点がよい。

体調が悪い、悪いと言いながらおかしや肉、脂っこいものをたくさん食べていてはいつまで経っても健康にはなれない。まずは毎日の食生活から改革してみようと思う。


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May 24, 2009

部下を定時に帰す仕事術 ~「最短距離」で「成果」を出すリーダーの知恵~ 佐々木 常夫

部下を定時に帰す仕事術 ~「最短距離」で「成果」を出すリーダーの知恵~
部下を定時に帰す仕事術 ~「最短距離」で「成果」を出すリーダーの知恵~
著者:佐々木 常夫
販売元:WAVE出版
発売日:2009-02-17
おすすめ度:4.0
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家庭の事情で残業をしないスタイルを取ってきて、社長にまでなった著者による効率的な仕事術が紹介されている。

会議を短くする方法、上司と短時間でコミュニケーションを取る方法など参考になることもいっぱい。しかし、たぶん著者はコミュニケーション能力が人より高いと思う。なので、この本の通りにやろうと思ってもうまくいかない人のほうが多いのかもしれないと思った。もちろん、参考になる部分は多いので仕事の効率アップには役に立つと思う。

時間を守るとか、礼儀正しく、名刺は切らさず、など基本的なことが大事。とにかく効率アップで、仕事はさっさと片付けて、残った時間は家庭に。

仕事の効率アップは、あまりにばっさばっさとやられると余裕がなくて困るかも、とちょっと思ったが、早く帰って家族と共に過ごす時間を作るというのは大賛成。

以前読んだ「経産省」の山田正人さんの話題が出てきてびっくり。「経産省〜
」には父親である山田さんが育休を取って子育てをした経験が綴られていた。子育てと、効率的な仕事術、繋がりがないと思っていたけれど、そうか、この二冊はワーク・ライフ・バランスの本なのだ。家庭と仕事の両立ということではどちらも同じ分野なのだった。自分の読書傾向というものはやっぱりどこか繋がっているものだ。

著者は「子育てという大事業を経験した女性のスキルを活用しよう」と言っている。これにも大賛成。「子育てにはすぐれたリスク管理能力とタイムマネジメント能力が欠かせない」のだそう。たしかに。育児休暇を取った女性の評価を下げるなどもってのほかで、むしろ上げるべき、という意見にも大賛成だ。

しかし、こういう評価ができるのは実際に子育てを経験したからこそ。世の男性陣にはまだまだ理解不能だろう。もっともっと、男性に育児を経験させなければ、育児経験のある女性の評価は上がらないだろうなぁと思うのだった。


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May 02, 2009

ウェブはバカと暇人のもの 中川 淳一郎

ウェブはバカと暇人のもの (光文社新書)
ウェブはバカと暇人のもの (光文社新書)
著者:中川淳一郎
販売元:光文社
発売日:2009-04-17
おすすめ度:4.0
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ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)
ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)
著者:梅田 望夫
販売元:筑摩書房
発売日:2006-02-07
おすすめ度:4.5
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ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書)
ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書)
著者:梅田 望夫
販売元:筑摩書房
発売日:2007-11-06
おすすめ度:4.5
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書店でタイトルを見て膝を打ってしまった。だって、まさに私が思っていたこととドンピシャ。いえね、だいぶ前から気付いていたのよ。ウェブなんてくだらないものだらけ。忙しい人はネットにどっぷりはまったりしない…って。私が書くブログのネタでアクセス数が多いのは料理とペット、それとデジモノ関連。読んだ本の感想だとか演劇や映画の感想は料理やペットネタに比べるとがくんとアクセス数が落ちるのだ。ましてや美術展の感想なんて惨憺たるもの。アクセス数だけ稼ぎたいなら、美術展の感想なんて書くだけ無駄だとすら思える。

料理とペットと言ったって、そんなに特別なことを書いているわけではない。誰にでも思いついて、そこらへんの家庭で作っているような簡単なレシピを載せたり、どこかで食べた料理の写真を載せたり、ただかわいいだけの犬の写真を載せたり、どっかに行った旅行記を載せたり。そういう記事のアクセス数が伸びると、「ああ、私のブログを見てる人々というのは小難しい理屈を並べた文章や、何か役に立つ情報を求めているわけではなく、ただなんとなくさらっと読めるもの、おいしそうだと思えるレシピ、単純にかわいい〜と思える(癒される?)画像を求めているだけなのだ」と痛感する。

それがいけないわけではないのだけど、せっかく専門的な知識を駆使して書いた文章もたいして求められてないんだと思うとちょっと凹むこともあった。考えてみれば、私の「専門的な知識」なんて、世に出ている専門家が書いた専門書に比べたらゴミみたいなものだから当たり前と言えば当たり前なのだった。

ブログを始めて数ヶ月後には、要するに、個人のブログに求められている物というのは、(くだらないとまでは言わないが)「たいして価値のない物」「どうでもいいもの」言い換えれば「暇つぶし」なのだと悟った。つまり、ネットというのはそんなに高尚な物ではなくて、庶民の暇つぶしの道具なのだ。

そうか、それならそれでバカになってやろうと思う。同じアホなら踊らにゃ損々ということで。ひとりでバカなことを書いているよりはバカを共有したほうが楽しい。ネットのヘビーユーザーというのは、今更指摘されなくともそういうことを分かっていると思う(そこまでバカではない)。わかってて踊ってる人が大多数。そのなかで分かってない人が少数派。その少数派が本当のバカをするのかもしれない。

もちろん、インターネットというもの自体はとても便利なものだと思う。無料で簡単に情報収集ができるし、遠方の友人とも即座に連絡が取れたり、家に居ながらにしてショッピングができたり。が、そこに集ってあれやこれや書き込んだりしている人たちは玉石混淆。非常に頭がよくて意識が高い人たちも、もちろんいる。しかし、大多数は「バカと暇人」だという著者に「同感!」と思わず手を挙げてしまいたくなるのだ。「バカ」というのはキャッチーな言い方だと思うが(新書のタイトルはキャッチーでないと売れない)、要するにくだらないことが好きな人たちが大勢集まっているのだと思う。ネットで高尚なことをやろうとしても失敗するというのは、長年ネットにどっぷり使っている身としては感覚的にとてもよく理解できる。

なかには頭がいい人だって少なからずいると思うが、どっちにしろ、バカなことが好きだったり、くだらないことで大喜びする人たちなのだ。お笑い番組を見てガハガハ笑ってストレス発散している人たちとよく似ている。それは実にくだらないけれど、別に悪いことではないし、堂々と「趣味はお笑い」と言うのと一緒で「趣味はインターネットです」と言ったっていい。

こういう人たちは、ネットに高尚ななにかを求めているわけではなく、ただ単に面白いもの、暇つぶしになるもの、ストレスを発散させてくれるようなもの、荒んだ心を癒してくれるようなもの(動物の写真とかちょっといい話とか)を求めているのだ。

そして、ブロガーと呼ばれる人たちやネットのクチコミに貢献するヘビーユーザーというのは大半がこういう人たちなのではないかと思う。

ネットの世界をよく知らない人、例えば大企業のエライ人なんかは簡単に「ネットを使えばなにか新しいこと、すばらしいことができるのではないか」という“ ネット幻想”を持っている人も多いのかもしれない。そして人気のブロガーたちは流行に敏感で先鋭的な感覚を持っている、なにか特別な人たちだと思っているのかもしれないが、大多数のブロガーというのはきっと、面白いこと、くだらないこと、どうでもいいけどちょっと暇つぶしになったりちょっと癒されたりするようなことを書いているのだ。そうでないとアクセス数が伸びないから、人気のあるブログほどこの傾向は強いと思う。

小難しいことを書いていて人気もあるというのは、ある一線以上のレベルの高い記事を書いているブログである。こういうブログの筆者は、ブログを抜きにしてもその世界で一定の評価をされている本職の人たちだろう。だから、すでに有名人である可能性が高い。まったく無名の人が評価されることもあるかもしれないが、評価された時点で著名人の仲間入りをするだろうから無名の人が無名のまま小難しいブログで人気を得るということはあまり想像できない。

この本は、「バカ」や「暇人」を揶揄しつつも、ネット世界にどっぷりつかっている著者自身の自嘲も籠もっている。そしてその実は、企業イメージを壊さないようなキレイゴトの企画でネットユーザーたちの心をつかめという無理難題を突きつける、ネットをよくわかってない大企業のエライ人たちに向けて「ネットなんてくだらねーんだよ、バーカ!」とケツを捲っている本なのだ。…と思う。

ブログを毎日書いている私も暇人の一人であるが、他人のブログにコメントをつけまくっている(これをやるとお返しコメントがつくので自分のブログのコメントも増える可能性が高い)人たちや、SNSに常に書き込みしている人たちも相当な暇人だと思う。自分のことは棚に上げて、あなたたち仕事してるの? 子育ては? 家事は? と聞きたくなるのだ。そして、よくよく見回すと、本当に忙しい人(ブログに書くネタには一生困らないだろうと思えるような人)たちは“忙しすぎて”ブログを書いたり、ネットを見たりする余裕すらない。というかリアルな生活が充実しているからブログで何かを発散したり素人の他愛のないサイトをじっくり読んで充電する、なんて必要性がないのだ。そういう人たちにとって、ネットはただ単に情報を得るだけのものだったり、友人と連絡を取る手段だったり、ネットショッピングの道具だったりするのだろう。

本の中には書かれていないが、私の実感としては「暇人」のなかにはかなりの割合で「病人」が含まれている。私もその一人。病人は暇なのだ。心や体を病んだ人たちが簡単に情報を収集したり交換したりする手段として、ネットは非常に有効だ。簡単に外出したり、フルタイムで仕事をしたりできない、通常の方法では社会参加が難しい人たちがネットに依存する率が高いのは当然だと思う。ネット以前はそういう場がなかった。だから、そういう意味ではまだまだそこにのりしろがあって、ネットの可能性があると思う。

ネットの世界というのは現実世界の縮図ではない。ネットのヘビーユーザーの属性を詳細に調べればそれはわかると思う。現実社会に比べ、主婦層など時間が余っていてある程度コンピューターの知識がある人たち、それとパソコンなどデジタル関係に詳しかったり感心が高かったりする人たち、そして病人の割合は高いのではないかと思う。とりこぼされているのは、デジタルに疎い高齢者層、まじめにきっちり働いていて精神的、時間的にネットを見る余裕のない人たち(実はこういう人たちが企業が想定する一番の購買者層なのではないかと思う)、それとネットに繋ぐためのハードやソフトにかける資金の余裕がない人たち。インターネットの世界というのは、偏った属性の人たちが集まる場所である。

本の中に、テレビとネットのヘビーユーザーはかぶっているという記述があって、なるほどと思った。どちらも基本的に無料。新聞や雑誌は有料の情報なので、ネットユーザーとはかぶらないそうだ。だから、テレビ発の情報はネットにあふれているが、新聞や雑誌が発信源の情報というのはネットにはほとんどないらしい。そう言われてみればそうかも。

私は以前から、紙の新聞も書籍もなくならない、と言っているのだけど、それを裏付けるような説でかなり心強い。新聞や雑誌を買うのは、ネットを見ている暇がなくて情報に対してお金を払ってもよいという人たち。一方、ネットのヘビーユーザーには「無料」というところが肝心なのだ。

そう考えると、ネットでの有料サイトというのはどうもうまくいかないだろうと想像できる。他の人はどうなのかわからないけれど、私の場合は、有料サイトと契約するよりは、紙媒体の新聞や雑誌を定期購読するほうがいい。信頼性もあるし、全体を俯瞰的に見ることができる。よく、新聞で読んだ記事をブログにリンクするためにネットで探すのだけど、同じ記事でもネットで見るのと新聞で読むのとではだいぶ印象が違うことが多い。ネットで先に新聞社のサイトを覗いてから新聞を読むこともあるが、ネットでは気付かなかったけれど、新聞で見つけて興味深くじっくり読んでしまう記事も多い。

書籍だって、全文をネットに載せたら売れなくなるというけれど、本当によい本ならそんなことはない。青空文庫に載っている名作たちが売れなくなったなんて聞かないし。ネットで全文を読むのってかなり大変なのだ。さわりを読んで面白そうだと思ったら、買って読む。さわりすら読めなかったら内容がわからないので買う気にはならない。高い本ならなおさら。

売れなくなる本というのは、内容がくだらない(買う価値もない)と判断された本で、ネットでの全文掲載が一般的になれば本の淘汰が進んでよいのではないかとすら思う。

面白いのはテレビの情報はネットにあふれているが、ネットの情報はテレビには流れないことが多いということ。テレビCMで流行したことは一般的に多くの人に知れ渡っているが、ネットで流行したことは、そうとうヘビーなネットユーザーでないと知らないことが多い。中川翔子や眞鍋かをりなどがブログの女王と呼ばれていることは知っているかもしれないが、実際にそのブログを読んだことがある人はどれくらいいるだろう。ましてや、毎日チェックしてるという人に出会うのはかなり確率が低い(私の知り合いでひとりだけ、中川翔子のブログが好きだという友人がいるが、かなり例外的なのではないかと思う)。

一方、テレビの場合は朝の情報番組は毎日見てるという人は多いし、友人と会えば「昨日の大河ドラマ見た?」と気軽に話すし、知人がビートたけしの番組に出ると言うと「見る、見る」という答えもあれば「あ、その番組毎週見てるよ」と言われたりもする。その番組自体を知らないという人は皆無だった。ネットだったら、知人が載っていると言っても、まずそのサイト自体を知らない人が多いだろう。そして、「昨日のショコタン(中川翔子)のブログ見た?」などとは気軽には話さないのである。そもそもショコタンのブログは分単位で更新されているので「昨日の」などと言うのが間違いなのだが。

とにかく、ネットの世界というのは、ネットの世界にどっぷりつかっていない人が思うほどすごいものではない。万能ではないのだ。ネットCMやネットを使ったキャンペーンなどよりテレビCMやテレビ番組の影響のほうが絶対的に大きいのだ。大企業のエライ人たちはそこを勘違いしてはいけない。

梅田望夫氏の「ウェブ進化論」や「ウェブ時代をゆく」を読むと、ウェブの可能性についてポジティブに言及されていて夢が膨らむのだが、それはネットを“高尚に”使いこなせる一部のユーザーにとってであって(それでもその一部の人の恩恵を間接的にでもその他大勢の人も受けると思えば意義のあることだと思う)、大多数の庶民にとってはあまり関係のないことなのではないかという気がする。

ましてやネットを使って庶民を巻き込んで何かをしたい企業とか、宣伝をしたい企業にとっては直接的には何の役にも立たないのではないかと思う。

梅田氏が提唱するネットの便利な側面というのは、聞いていると確かに便利だし仕事の能率アップには非常に有効だと思う。だが、実際に生活者の視点で考えるとそれは絵に描いた餅のようなものだ。だって、その大前提は、ネットに常に繋がっている、もしくは毎日のようにネットをチェックする、ということだから。

ネットを介して瞬時に書類のやりとりができたり、ネット会議のようなもは私のようなヘビーユーザー(もっとヘビーなユーザーはたくさんいるが)にとっては非常に便利なシステムなのだが、相手がネットに繋がっていなければ何の役にも立たない。仕事で使っていれば常にネットに繋がったパソコンがそばにあって、そういうシステムが機能するのだろうが、そうでない場合、ヘビーユーザーのほうが少数派なのでうまくいかない。なにか市民レベルで企画を立てようとしたときにこういうシステムがある、と提案したとしても中心となる人たちすべてがネットを利用しているという可能性は低い。

例えば、マンションや地域の自治会の連絡網をネットで作ろうとしてもうまくはいかないだろう。ネットを利用していない人が何割かいるだろうし(導入に費用などがかかるので無理には勧められない)、利用していても自在に使いこなせるレベルの人はごく少数なのではないかと思う。メールくらいならなんとかなっても、SNSに登録したりログインしたりするというのすら難しいという人も多い。うちの母の場合はショッピングモールの会員登録すら大仕事だった。

また、ネットでのやりとりには暗黙のルールのようなものもあり、それを知らない人同士だと無用の摩擦や衝突が考えられる。携帯からの短い返答にパソコンユーザーがイラッとしたり、なんて日常茶飯事なのだ。

そんないざこざの処理などに余計な手間暇をかけるくらいなら、普通に回覧板を回した方がよっぽど話が早い。結局は従来通りのリアルなやりとりが一番効率がよいのだ。

「私たちの人生、なんとリアルな場の占める割合が多いのだろうか。これら人生の大部分を占める要素にネットはどれだけ入り込めたのか?

大したことはない。
かなり入り込まれている人はヤバい。
もう少し外に出て人に会ったほうがいい。
なぜなら、ネットはもう進化しないし、ネットはあなたの人生を変えないから。」

この本の結びの文章に激しく共感。ネットにのめり込むほどに、リアルな世界の大切さは痛感する。

「凡庸な人間はネットを使うことによっていきなり優秀になれるわけではないし、バカもネットを使うことによって世間にとって有用な才能を突然開花させ、世の中によいものをもたらすわけでもない」

「・ネットはプロの物書きや企業にとって、もっとも発言に自由度がない場所である
・ネットが自由な発言の場だと考えられる人は、失うものがない人だけである」

そうそう、そうなのだ。ネット神話なんて、ない。ネットは自由じゃない。ブログの内容なんて当たり障りのないことだらけ。だって、あらゆる人に全方位的に配慮しなきゃいけないんだもの。

犬を放し飼いにしているってだけでクレームの嵐が巻き起こるのを見て驚いた。あんた、実際に見たんかい!? って言いたくなる。神奈川県では放し飼い(ノーリード)は条例違反ではあるのだけど、歴史的経緯からして犬の放し飼い自体は珍しいことでもなんでもない。農家では野生動物を追い払う番犬として飼っていた犬は繋ぎっぱなしでは用をなさない。今ではそういう飼い方は時代錯誤だが、放し飼い自体に対して(よっぽど凶暴そうな犬でなければ)一般的には寛容である。(だからと言って条例違反を推奨するわけではない。放し飼いは、犬の安全を守るためにもやめたほうがいい)

実際に放し飼いにしている現場を目にして、まったく関係のない第三者が飼い主に直接注意したり警察に通報したりすることって、どれくらいあるのだろうか。のどかな田舎だということもあって、私も何度か放し飼いの現場を目撃したことがあるし、よく見かける近所の人でもいつもノーリードで犬を散歩させている人もいるが、よほど親しくなければ直接注意はしないし、他の人が注意しているのを見たこともない。

それが、ブログに書かれたとたん、非難の嵐が巻きおこり、直接その現場を目にしたわけでもない人が警察に通報したりする。通報された警察だって迷惑だろう。

私が疑問に感じるのは、ブログに書かれたことが事実なのかどうか確かめないで行動に出る、ということだ。実際に放し飼いにしているのなら非難されるのも当然なのだが、写真と文章だけでその行為を判断するのは非常に危険なのではないかと思う。ブログを書く側の心理として、注目されたいがために多少誇張することだってあるし、他人に配慮して事実を多少変更することだってある。実際には家族の話でも知人の話ということにしたり、もらったトウモロコシを半分は親戚にあげちゃったとしても山盛りの写真を載せて全部我が家で食べました、と書くことだってあるだろう。

犬を放し飼いにした人も、もしかしたら実際には写真を撮るときだけリードを外して、あとはきちんとリードを着けていたかもしれない。…とは考えないのだろうか。

本の中には、mixiの日記に、バイト先のファーストフード店でゴキブリを揚げたと書いた高校生が、大騒ぎされた末に高校に迷惑をかけたという理由で中退までした例があげられていたが、結局、日記の内容はウソだった、というオチ。ウソを書いたことで中退までするなんてばかばかしいと思う。書いた本人もバカだと思うが、そこまで追い込んだ人たちもどうかと思う。それこそ、見てたんかいっ!? と言いたい。自分にはまったく関係のない場所で起こった出来事を、ネットで知ったというだけで大騒ぎして通報するのは…バカではないのか。

もちろん、通報したっていい。しかし、それなら、現場まで出向いて事実関係をきちんと把握した上で本名を名乗って通報するのが筋だろう。そこまでできないのなら、ネットにバカなこと書いている高校生がいるよ、と笑って読み飛ばせばいいのである。

例を挙げ出せばきりがないが、この本の内容には共感するところが多くて久しぶりに一冊を一気読みしてしまった。著者と同年代で、ヘビーユーザーだということが大きいと思う。これを、ネット幻想を抱く大企業のエライ人に読ませたとして、どこまで理解できるのかは疑問だが、具体的な事例や数字を駆使して「ネットはくだらない」という真理をつく本書はとにかく痛快で、すかっとした気分になったのだった。


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April 01, 2009

般若心経の謎を解く 玄侑 宗久

般若心経の謎を解く 誰もがわかる仏教入門 (PHP文庫)
般若心経の謎を解く 誰もがわかる仏教入門 (PHP文庫)
著者:三田 誠広
販売元:PHP研究所
発売日:2007-04-03
おすすめ度:2.5
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現代語訳 般若心経 (ちくま新書 (615))
現代語訳 般若心経 (ちくま新書 (615))
著者:玄侑 宗久
販売元:筑摩書房
発売日:2006-09
おすすめ度:4.5
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仏教は般若心経についての本は数多あり、その中でも分かりやすそうなものをいくつか読んだことはあるのだけど、どれも、わかったようなわからないような…という感じだった。

この本の著者も同じようなことを言っている。お坊さんや学者など専門家が書くとどうしても核心をぼかして周りを説明するから結局のところよくわからず、最後に狐につままれたような気持ちになるのだと。著者はこの原因を、お坊さんは、一般の人に核心部分を教えてしまうと自分たちの仕事がなくなってしまうから… などと書いているけれど、私はちょっと違って、たぶん、お坊さんたちにもよくわかっていない、というかわかっているけれどそれを言葉で表現し、人に教える能力がないのだと思う。「名選手名監督にあらず」とも言うように、「理解する・できる」ということと、「教える・育てる」という能力は別なのだ。

この本を読み終わってから思ったのだけど、般若心経の意味を教えるというのは、私たちが日常的に使っている「日本語」を、全然話せない外国人に教えるようなもの。日本語自体は確かに理解しているのに、いざ教えようと思うと、いったい何から教えていいのか分からない。「意味なんて考えずに、とにかくなんでもいいから聞いた通りに繰り返してみて」ってなってしまう。

まさに般若心経。意味なんてわからなくていいから、とにかく唱えること。結局、意味を知ったところで、最終的には最初に戻って、「意味を考えずに唱える」のが般若心経なのだと理解するのだけど、いきなり「意味を考えるな」って言われても「なんで!?」ってなる。

日本語を習いたい外国人の中にも、きちんと文法から習いたい人だっているだろう。そういう人は、「日本語を教える」スキルのある講師がいる語学学校などに行く。日本語をペラペラと話している人からといって、その人たち全員に教える能力があるかというとそうではないのだ。「わかりやすく教える」というのは特殊能力である。

そういう意味で、お坊さんで小説家である玄侑 宗久氏の「現代語訳般若心経」ならわかりやすいかと思って読んだことがあるのだけど、冒頭に言ったような感想。わかったような、わからないような。部分的には共感でき、理解できたような気にもなるのだけど、最終的には「あれ、それで結局なんだったんだ?」ということに。小説家ならば「伝える」能力があるからきっとわかりやすいだろうと思ったのに。それでも他の本に比べたらわかりやすいのだろう。Amazonでは「般若心経」で検索すると1位になっている。「〜謎を解く」は 41位だった。こっちのほうが絶対にわかりやすいのに。

著者の三田誠広氏は芥川賞作家。お坊さんでも学者でもないらしいが、小さい頃に仏教の本を熱心に読んだ、と本文に書いてあったので仏教(や宗教?)に造詣が深そう。

般若心経の説明をするために、まずは仏教の歴史について詳しく説明されている。そうなのだ、般若心経以前に、仏教とはなんぞや、ということがわからん。キリスト教の聖書のように、これ、という本もない。お経はいろいろな種類があるし、宗派もいろいろだし、いったいどこから手をつけていいのやら。そして、そもそも、仏様の教えとはなんなのだ、と思い、広く普及している般若心経がわかれば仏教もわかるかも、という思いから般若心経の解説書を手に取った。…そういう私のような読者は多いと思う。

考えて見れば、三田氏のように宗派を超えて仏教全般に対する豊富な知識を持っていて、なおかつ読者に分かりやすい平易な文章を書ける人というのはごくごく少数なのだろう。お坊さんや学者の書くものが難しくなるのは仕方がない。三田氏の文章はわかりやすく読みやすい。小説のようにすらすらと読み進められた。

般若心経の解説書のはずなのに、般若心経については冒頭部分と最後の部分で触れられていて、途中はあまり関係ないと思われる仏教の歴史と般若心経の成り立ちについて。ところがどっこい、全編通して読み終えるときにはちゃんと般若心経の「核心」について理解できたような気分になった。この「理解」が正しいものなのかどうかは置いておいて、とにかく、「納得」できたのだった。

そして、仏教というものがなんなのか、ということも、わかったような気分になった。いままで、お寺などで仏像を見ても違いがよくわからなかったけれど、「なるほど、そういうことだったのか」と確かに「謎が解けた」のだった。


at 14:42|PermalinkeditTrackBack(0)この記事をクリップ!社会・文化・歴史 

March 28, 2009

ウェブ時代をゆく 梅田 望夫

ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書)
ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書)
著者:梅田 望夫
販売元:筑摩書房
発売日:2007-11-06
おすすめ度:4.5
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ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)
ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)
著者:梅田 望夫
販売元:筑摩書房
発売日:2006-02-07
おすすめ度:4.5
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「ウェブ進化論」をはじめとする梅田望夫さんの著書は共感するところも多くて、読んだ後になんだかちょっとポジティブな気分になるところがいい。

楽観論じゃないかと思うところもあるけれど、それでも、やってみなけりゃ分からないじゃないか、やらないよりやったほうがいいんじゃない? っていう私の持論とも合致。やってみてだめならそこをみんなで直していけばいいのよ。ウェブ世界を否定する前に、どんな風に発展してゆくのか見てみようよって思う。

梅田さんもウェブが万能だとは言っていない。リアル世界で生きにくい人が、ウェブ世界で活き活きとできる可能性、ということを指摘している。リアル世界でうまくやって行けている人は無理にウェブ世界に入らなくてもいいのだ。ただ、ウェブを全否定しないで欲しい。ウェブ世界でしか生きられない人も、いる。ま、そういう人って、どうなの? っていう意見もあるだろうけど。サイバーな世界でしか生きられない人っていうと、なんとなく地に足着いてないんじゃないかっていう気もするけれど、いままでリアル社会からこぼれ落ちていた人たちが活躍する場を持てたってことは、いいことなんじゃないかなぁ。リアル世界で地位や名誉を気付いていて“地に足着いた生活”をしている人から見たら、宇宙人のような存在なのかもしれないけれど。

タイトルをよく読めば分かっただろうけれど、「ウェブ進化論」の続編くらいに思って読み始めたので想像とちょっと違う内容だった。ウェブ論ではなく、自己啓発書だった。タイトルにちゃんと「ウェブ時代をゆく-いかに働き、いかに学か」って書いてある。そう、“生き方”の本なのだ。

リアル世界で行き詰まっても、ウェブがある。ただ、発展途上の世界。まだどういう未来になってゆくのかわからない。それでも先人たちが示したいくつかの成功例をもとに、事例をあげながら“ウェブ時代の生き方”を提示してくれている。

なるほど。こういう道もあったか。こういう展開もあるのか。しかし、それはウェブ世界だけの話ではなく、リアル世界で生きてゆくためにも必要なことだったりもする。つまり、ウェブとリアルの混在した世界でどう生きるか。ウェブとリアルを行き来しながら自分らしい生き方をするにはどうしたらいいのか。

自分の未来を考える上で読んでおいて損はない本だと思う。


at 14:34|PermalinkeditTrackBack(0)この記事をクリップ!PC・インターネット関連本 | 社会・文化・歴史

March 26, 2009

僕とポーク ほし よりこ

僕とポーク
僕とポーク
著者:ほしよりこ
販売元:マガジンハウス
発売日:2007-12-06
おすすめ度:4.0
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きょうの猫村さん」と同じようなほっこりテイストが感じられる短編集。読み終わったあとの余韻がここちよい。


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私の血はインクでできているのよ 久世番子

私の血はインクでできているのよ (ワイドKC)
私の血はインクでできているのよ (ワイドKC)
著者:久世 番子
販売元:講談社
発売日:2009-02-13
おすすめ度:4.0
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暴れん坊本屋さん」の久世番子さんの自叙伝!? お絵かき少女が漫画家になるまでのエッセイマンガ。私もお絵かき少女だった&ほぼ同世代ってことで、「宇宙皇子(うつのみこ)」愛読してたし、こんな絵も描いていたし…。わかる、わかる〜がいっぱいだった。


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毎日かあさん 西原理恵子

毎日かあさん 5 黒潮家族編
毎日かあさん 5 黒潮家族編
著者:西原 理恵子
販売元:毎日新聞社
発売日:2008-12-13
おすすめ度:5.0
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新聞連載を毎回楽しみに読んでいる。西原理恵子が意外に真面目に子育てしているのに感心。もっとはちゃめちゃかと思った。息子のはちゃめちゃ度が楽しい。母にネタを提供するよい息子だと思う。

毎日かあさん 5 黒潮家族編
毎日かあさん4 出戻り編
毎日かあさん3 背脂編
毎日かあさん2 お入学編
毎日かあさん カニ母編



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蟲師 漆原 友紀

蟲師 10 (10) (アフタヌーンKC)
蟲師 10 (10) (アフタヌーンKC)
著者:漆原 友紀
販売元:講談社
発売日:2008-11-21
おすすめ度:4.5
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映画化などされているので気になって読んでみた。3巻くらいから面白くなる。

一応、10巻で完結。次回作も楽しみ。

蟲師 (9) 蟲師 (8) 蟲師 (7)
蟲師 (6) 蟲師 (5) 蟲師 (4)
蟲師 (3) 蟲師 (2) 蟲師 (1)


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刻だまりの姫 篠原 千絵

刻だまりの姫 1 (1) (フラワーコミックスアルファ)
刻だまりの姫 1 (1) (フラワーコミックスアルファ)
著者:篠原 千絵
販売元:小学館
発売日:2008-11-10
おすすめ度:3.5
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こういう心霊チックな篠原千絵ワールド、好き。

刻だまりの姫 1 (1)




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光とともに… 戸部けいこ

at 16:09|PermalinkeditTrackBack(0)この記事をクリップ!コミック 

鋼の錬金術師 荒川弘

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